髙木守道さん追悼サイト

ドラゴンズを、そして球界をも代表する名二塁手として活躍し1974年のリーグ優勝に貢献、
監督としても3度(代理監督を含む)チームの指揮を執った髙木守道氏が
2020年1月17日に急性心不全のため逝去されました。
ドラゴンズ一筋、ミスタードラゴンズとして多くのファンに親しまれた髙木守道氏へ、
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

追悼試合

2020年10月10日ナゴヤドームでの巨人戦、11日ナゴヤ球場でのオリックス戦(ファーム)は1月17日に逝去した髙木守道氏の追悼試合として行われました。
ナゴヤドーム・ナゴヤ球場には追悼遥拝所が設置され、多くのファンの方が訪れました。

また髙木氏を偲び与田監督をはじめコーチ、選手も、胸番号88・背番号1のユニホームを着用し試合を行いました。多くのファンの皆さまにご来場いただき誠にありがとうございました。

多くのファンが遥拝に訪れました

追悼セレモニー

セレモニーで整列するドラゴンズナイン

セレモニアルピッチを務める長男道彦氏

背番号1、胸番号88のTシャツとユニホームを直用し、練習・試合に臨みました

現役時代

髙木守道氏は1960年に岐阜県立岐阜商業高等学校からドラゴンズへ入団、
1960年5月7日の大洋ホエールズ戦に代走で初出場、すかさず二盗を決め初盗塁を記録、
その後の初打席でレフトへ2ランホームランを放ち初安打が初本塁打となります。

背番号「41」から「1」に変更となった1963年、二塁手のレギュラーに定着すると
シーズン50盗塁を決め、初の盗塁王のタイトルを獲得、
1974年にはベテランとしてチームを牽引し、
読売ジャイアンツのV10を阻止し20年ぶりとなるリーグ優勝に貢献します。

1978年にプロ野球史上11人目となる2000安打を達成、
1963年、1965年、1973年で3度の盗塁王に輝き、
通算369盗塁は2016年に荒木雅博(現コーチ)が
370盗塁を達成するまでの球団記録となっていました。

二塁手でのベストナインを7回(1963~1967, 1974, 1977)、
ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)3回(1974, 1977, 1979)受賞、
バックトス、グラブトスなど華麗な守備でファンを魅了し、
走攻守3拍子そろった選手としてドラゴンズ一筋で活躍、
21年間プレーし1980年に現役を引退しました。

監督時代

引退後はコーチなどを務め1992年監督に就任、
1994年には最終戦で勝った方がリーグ優勝という歴史的一戦「10.8」で
読売ジャイアンツと対戦しますが敗戦となり、残念ながらリーグ優勝を逃します。
翌年も続投となりますが成績不振の責任を取りシーズン途中で監督を辞任。

2012年から再び監督に就任し2年間チームの指揮を執り
2013年のシーズン終了をもって退任。

2006年に野球殿堂入りし、
現役通算記録は2282試合に出場、2274安打236本塁打、369盗塁、通算打率.272。
監督通算記録(代理監督含む)は787試合で指揮を執り383勝379敗25分、勝率.503。

通算成績

年度別打撃成績

SCROLL

シーズン 所属 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死球 三振 打率
1960 中日 51 109 99 7 19 2 1 3 32 6 2 4 0 6 18 .192
1961 中日 80 243 222 15 47 8 3 2 67 11 4 6 0 15 36 .212
1962 中日 96 256 239 24 67 11 5 1 91 15 10 12 0 5 28 .280
1963 中日 133 543 496 72 126 18 6 10 186 39 50 15 3 29 43 .254
1964 中日 123 522 482 59 141 24 6 8 201 31 42 8 4 28 38 .293
1965 中日 132 538 483 75 146 19 1 11 200 48 44 21 2 32 49 .302
1966 中日 113 491 457 82 140 18 5 17 219 59 20 7 4 23 37 .306
1967 中日 118 491 455 59 133 25 1 19 217 66 9 2 7 27 60 .292
1968 中日 83 356 318 50 76 15 3 10 127 33 11 3 4 31 45 .239
1969 中日 130 562 513 78 129 20 3 24 227 66 20 11 3 35 69 .251
1970 中日 118 483 449 41 116 15 4 10 169 51 18 12 5 17 51 .258
1971 中日 120 482 436 58 104 18 1 8 148 22 28 10 1 35 42 .239
1972 中日 118 492 459 42 115 13 2 10 162 42 19 10 2 21 38 .251
1973 中日 122 527 480 68 131 20 3 5 172 31 28 7 5 35 21 .273
1974 中日 121 501 456 71 126 22 2 15 197 47 14 10 4 31 42 .276
1975 中日 116 495 463 60 138 20 2 17 213 51 16 8 2 22 31 .298
1976 中日 98 417 392 50 104 14 1 17 171 44 7 8 3 14 35 .265
1977 中日 121 504 468 74 136 18 3 20 220 52 10 11 2 23 49 .291
1978 中日 89 338 314 41 89 15 2 13 147 37 3 11 1 12 20 .283
1979 中日 120 518 467 74 140 25 1 11 200 48 11 18 1 32 45 .300
1980 中日 80 242 219 20 51 6 0 5 72 14 3 6 0 17 22 .233
通算 21年 2282 9110 8367 1120 2274 346 55 236 3438 813 369 200 53 490 819 .272

年度別監督成績

SCROLL

シーズン 球団 試合 勝利 敗北 引分 勝率 最終順位
1986 中日 68 29 35 4 .453 5 (7月6日から閉幕まで)
1992 中日 130 60 70 0 .462 6
1993 中日 132 73 57 2 .562 2
1994 中日 130 69 61 0 .531 2
1995 中日 39 13 26 0 .333 5 (開幕から6月2日まで)
2012 中日 144 75 53 16 .586 2
2013 中日 144 64 77 3 .454 4
通算 7年 787 383 379 25 .503